近くを通ると寄りたくなる大判焼き屋さんがある。
飲み屋街の外れにある小さな店。
「大判焼き」の幟がなければつい通り過ぎてしまうくらいの看板も出ていない店だ。
ガラス張りの窓の下に焼き台があり、年齢は私の父親くらいのおじいさんがいつも焼いている。
店内に入ると甘いいい香りに包まれ幸せな気分になる。
大判焼きは生地も餡も甘すぎずちょうどよい味で飽きない。
私もお菓子屋なのだから自分で作ればいいものだが、たまには人が作ったものが食べたくなる。
自分で作ると自分好みの味にはできるけれども、味が想像できてしまってつまらない。
自分で作ったクイズを自分で解くような、ちょっと違うかな?
今日もついフラフラっと大判焼き屋さんに入ってしまった。
「あ、わりっすな、今売れて切れてしまったもの。これから焼くから6分くらいかかるっすけれども。」
そう、いつもは予め何個か焼いておいて発泡スチロール製の入れ物に入れてストックし、そこから袋に詰めてくれる。
「わかりました。待たせてもらってもいいですか」と私が言うと、
「んだ。せば待ってけるんだば」
と言いつつおじいさんは焼き型に生地を流し始める。
「さっきまでずーっと暇でな。ねふかけしてたらバーっときて全部売れたもの。商売ってわからねえものだすな。」
おじいさんはネイティブな秋田人だろうがその秋田弁は聞き取れないわけではない。
「むかし本田宗一郎が来るから焼いててけれって言われて、準備万端整えてたっけ本田宗一郎来れなくなったって言われてよ。まんず商売って上手く行かねえものだす。」
「ご商売して長いんですか?」と聞いてみると
「60年ちょっとかな」との答え。
なんと60年。すごい。
店を始めるのは比較的簡単で誰でもできるけれども続けるのは難しい。本当に難しい。これは身を持って分かる。
それにしてもこのご亭主、普段は寡黙で、これまではほとんど会話らしい会話はなかった。私もそれが心地よかったのだが、今日は待たせているから間を埋めるためなのか、それとも普段はよくお話しになるのか分からないがたくさんお話してくださる。
その後ももともとはせんべい屋をしていたが大手スーパーが進出してきて上手く行かなくなったから大判焼きを始めた、とか、ミスタードーナツが秋田にできたころ手伝いに行ったなど
色んな話のおかげで待ち時間があっという間に過ぎていった。
この大判焼き屋さん、夏になると暑い間は長期休業してしまう。食べる側にしてみると暑い中でも大判焼きが食べたくなるときはあるのだけれど、猛暑の中で焼台の前に立つのはキツイんだろうな。