いま当店で出している「モンブラン」。
いわゆる一般的なイメージの
「モンブラン」ではありません。
モンブランの材料をバラバラにして、
タルトに組み替えてみたのが当店のモンブランです。
ではモンブランは元々どんなお菓子だったのでしょう。
モンブランの起源には諸説あります。
有力なものをお話しましょう。
イタリア・ピエモンテには栗を使った
伝統的なお菓子「モンテビアンコ」というものがあり、
これは茹でて細かく砕いた栗に
バター・砂糖・リキュールを絡め、
メレンゲの上にのせて
その上にホイップクリームをかけた物でした。
これにスイスの伝統的なお菓子
「ヴェルミセル」という
茹で栗をペーストにしてシロップを混ぜ、
パスタ状に絞り出したお菓子が合体したものが
現在のモンブランに近いものとなりました。
という説。
アルプスでは昔から栗がよく採れ、
山に住む人の主食だったようなので
様々にアレンジしていったのでしょう。
アルプスのフランス側のサボア地方でも
栗のペーストの上にホイップクリームを
山の形にのせたものを「モンブラン」と呼んで
食べていたそうです。
パリで最初にモンブランを出したお店は
アンジェリーナというサロン・ド・テと言われています。
創業は1903年。
創業者のアントワーヌ・ランペルマイヤールさんは
ランペルマイヤールというウイーンの老舗お菓子屋のパティシエ。
アントワーヌの代にフランスの地中海に支店を出し、
やがてパリに進出しました。
実際にパリの店を切り盛りしたのは
彼の弟のルネで、
ルネの奥さんの名前がアンジェリーナだったそうです。
アンジェリーナはイタリア出身で、
その関係からモンブランが売り出されたのかもしれません。
形状は
モン・ブランと認識出来ます。
最初に日本で売り出されたのは
東京自由が丘のその名も「モンブラン」というお店。
昭和の初め、登山が趣味だった
創業者の迫田千万億(さこたちまお)さんが
フランス・シャモニーを旅して、
そこでそびえ立つモンブランの山並みを目にして感動。
開店予定だったお菓子屋の名前をモンブランに決め、
看板商品もシャモニーの「ホテルモンブラン」で出だされた
栗を使ったお菓子にしようと心に誓ったそうです。
帰国した迫田さんは試作を重ね、
栗は渋皮煮ではなく日本人に馴染みのある
甘露煮でモンブランを作製。
1933年、店のオープンと同時に
日本生まれの黄色いモンブランは売り出され、
たちまち人気商品に。
あえて登録商標にしなかった迫田さんのお陰で
日本中にモンブランは広がっていったそうです。
このように100年以上かけて
モンブランは形作られてきました。
最近の日本では先祖帰り的に
茶褐色のモンブランが主流になっていますし、
中央にベリーを入れたものもあります。
これからどのように変化していくのか
楽しみですね。
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